University of Occupational and Environmental Health Wakamatsu Hospital
orthopedics・Sports arthroscopy
Wakamatsu Hospital for University of Occupational and Environmental Health
Orthopedic and Sports Arthroscopy Surgery
ISAKOS approved Teaching Center
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股関節唇損傷に対するガイドライン
1. 最近の傾向とガイドライン
股関節唇損傷は、スポーツ活動や外傷、あるいは股関節の構造的異常に関連することが多い。股関節唇という臼蓋縁に付着している線維軟骨が吸盤のようにはりついて吸引効果により股関節を安定させる役割を担っている。関節唇損傷は不安定を惹起し、軟骨損傷さらには変形性股関節症へと進行する病態である。それ対する治療として、特に股関節鏡視下手術による治療が一般的な治療となっている。病態の原因の多くは、寛骨臼形成不全(DDH)や大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)などの骨形態異常である。
日本整形外科学会および日本股関節学会が監修した変形性股関節症ガイドライン2024においては、徒手検査、画像検査など診断の仕方、股関節鏡視下手術の適応(患者選択)や手術手技が2016年版からさらに明確化されており、FAIや軽度から中等度のDDHに対するアプローチが標準化されつつある。FAIの保存療法、関節鏡視下手術などの治療方針の選択、さらには関節唇損傷に対する術式としてで修復、再建術、補強術(Augmentation)などの温存術が機能回復に重要であり、長期的な成績が注目されている。本稿では2022年から2024年にかけての最新の文献をもとにガイドラインの推奨度を考察する。[1]
2.1 FAIと股関節唇損傷の概要と原因
股関節唇は、寛骨臼蓋縁に沿って付着する線維軟骨組織であり、大腿骨頭を包み込むようにシーリングし、関節を安定させる機能を持つ。また、衝撃を吸収する役割も果たし、股関節の正常な機能維持に重要である[2]。原因として、外傷や慢性的な股関節への過負荷が挙げられるが、大腿骨寛骨臼インピンジメント (FAI) などの骨形態異常や寛骨臼形成不全 (DDH) などの先天的な骨格異常が重要な要因である。DDHは変形性股関節症の原因として広く知られている。 FAIも股関節唇損傷の主要な原因であり、それにより変形性股関節症へと進行する。 Agricolaらは CHECK コホート研究において、45歳から65歳の1002人を10年以上追跡調査し、FAISは、10年以内に股関節OAを発症する確率を7倍近く高めることと強く関連していた。 股関節OA発症に対するFAISの絶対リスクは高く(81%)、33%が10年以内に末期股関節OAを発症すると報告した [3]。これらの疾患の早期診断と適切な治療が予後を左右することを裏付けている。
2.2 身体所見
診断検査および臨床情報に関して、FAI症候群(FAIS)および関節唇損傷の診断に関するシステマティックレビューをもとに紹介する。FAISおよび関節唇損傷の診断に関して、臨床症状、身体所見、および画像所見を総合的に評価すべきであることが世界的に提唱されているが、コンセンサスが得られたFAIの明確な診断基準はない。我が国では世界に先駆けて狭義のFAI診断指針を提唱し、治療適応を明確にしてきた。 明らかな股関節疾患に続発する骨形態異常を除いた狭義のFAIの診断にあたっては、日本股関節学会より提唱された診断指針を用いる。
2.3 画像所見:
画像検査は、大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)の診断において重要な役割を果たすものである。単純X線撮影や磁気共鳴画像(MRI)がよく使用される。FAIは、骨の異常、関節唇および軟骨唇の侵食が複合的に関与する病態である。このような症例に対する外科的治療は確立されつつあり、術前の画像検査は関節唇および関節軟骨の評価を含む治療計画のための重要な指針となる。
MRIや3D CTを用いた詳細な画像診断が股関節唇損傷の診断に有効であり、特に新しい造影技術を用いたMRIが関節内構造の詳細な評価を可能にする。
2.3 股関節唇損傷に対する保存的治療
大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)に伴う股関節唇損傷の治療方針としては、j保存療法あるいは手術療法を選択するかは今までは意見のわかれるところであった。治療方針としては、やはり股関節の自然経過も考慮する必要がある。FAIの骨形態分類として、 Pincer変形、Cam変形、それらが合併するMixed型がある。Pincer変形は最近の研究において Pincer変形は関節症発生との関連については統一した見解は得られていない (Grade I) が、 Cam変形は3つの前向き研究と3つの横断研究において変形性股関節症の有意に危険因子となることが報告されている [1, 3]。 (Grade C) 後述するように術前に骨形態を単純X線、Computed tomography (CT)および磁気共鳴画像 (MRI)にて調べる必要がある。
FAIに伴う股関節唇損傷に対する保存療法と手術療法を比較したシステマティックレビューを検証したところ、股関節鏡視下手術は保存療法に比し、疼痛改善、活動レベル、Quality of Life (QOL)が高い。股関節鏡手術では保存療法で生じない合併症が起こる危険性がある。股関節鏡視下手術では、痺れなどの発生率が25~33%、感染が0~7%であった。
ガイドライン推奨文:保存療法で改善しない FAIに対しては短中期的な臨床症状の改善のためには手術療法(股関節鏡視下手術)を提案する。エビデンスの強さ B(効果の推定値に中等度の確信がある) 推奨の強さ 2: 弱い(実施することを提案する) [1, 4]
2.4 股関節唇温存術 (修復術、再建術、補強術)
近年の股関節鏡視下手術では、関節唇温存が主流となっており、修復術の技術進化により、患者の機能回復が大幅に改善されている。関節唇修復術と関節唇デブリードメントの比較は、Larsonらは関節唇の局所切除/剥離術と修復/再固定術を比較した7年以上の長期追跡調査では、患者報告によるアウトカムが良好で、関節唇修復/再固定術のコホートでは失敗率が低いことが明らかになった。さらに、3.5年目の報告と比較して、両群とも患者関連の転帰スコアと良好/優良成績の数が絶対的に減少しているにもかかわらず、切除/剥離術群では時間の経過とともに失敗率が有意に増加し、修復/再固定術群では良好/優良成績がより良好に維持されていた[5]。Hurleyらの文献systematic reviewによると、股関節唇修復術は患者報告アウトカムが優 れている。しかし、10年後までの追跡調査において、人工股関節全置換術(THA)への移行率に有意差はない[6]。
2.5 FAIに対する鏡視下手術
1)Cam変形に対する処置
FAIの治療においては、股関節鏡視下手術が第一選択となりつつある。Ramkumar らはCam変形がある100人の患者から得た合計200の股関節を、平均12.0年の追跡期間で評価した。術前のTönnisグレードは、手術股関節の98%が0、非手術股関節の99%が1と評価され、非手術股関節の5%は手術股関節よりもTönnisグレードが悪かった。FAISのために股関節鏡検査を受けた患者の70%は、変形性関節症の単純X線写真の進行に関して、手術した股関節と手術しなかった股関節との間に差はなかったが、関節鏡による大腿骨矯正(Cam osteoplasty)を受けた後にTönnisグレードが良くなった患者の25%については、自然史が有利になる可能性がある。現代の股関節鏡視下手術の適応と手技は、変形性関節症の進行に42%の相対的リスク低減をもたらす有効な関節温存手技である。インピンジメントと境界型寛骨臼形成不全 (BDDH)の混合パターンに対する関節鏡検査は、最も変形性変化が早かった。Neppleらは、大腿骨形成術なしの単独股関節鏡視下手術(HS群)、または大腿骨形成術あり(HS-OST群)で、関節唇または軟骨病変の股関節鏡視下治療を受けたCam変形のみのFAI患者の連続した2つのコホートにおいて、後ろ向きコホート研究を行った。最終的なHS群には17の股関節が含まれ、19.7±1.2年 の経過観察、最終的なHS-OST群には23の股関節が含まれ、 16.0±0.6年の経過観察が行われた。患者や形態学的な有意差は群間で認められ なかった。HS群と比較すると、HS-OST群では最終的なmHHSが有意に高く(HS-OST群 対 HS群、それぞれ82.7 vs 64.7、P = 0.002)、mHHSの改善度も有意に高かった(18.4 vs 6.1、P = 0.02)。HS-OST群では、15年THA無手術生存率もHS群に対して有意に高く(それぞれ78%対41%;P = 0.02)、再手術-free survivorship(無手術生存率)も 78%対29%;P = 0.003であった。このことより短中期的な臨床症状の改善のためには Cam変形を矯正する大腿骨骨形成を提案する。エビデンスの強さ B(効果の推定値に中等度の確信がある) 推奨の強さ 2: 弱い(実施することを提案する)
2) 関節包に対する処置
股関節鏡は人体の関節の中で最も深い部分にあるため、手術がテクニカルディマンディングである。
Cam変形を大腿骨形成をする手術が主流になってきたため、関節包を切除して良好な視野で行うことが標準的であった。関節包を切開して関節唇縫合あるいは大腿骨骨形成を行なったのち、関節包を修復するか否かは最近まで論争されてきた。日本スポーツ整形外科学会の前進である 日本スポーツ整形外科膝関節鏡学会 (JOSKAS)のガイドライン策定委員会で行なったシステマティックレビューでは、関節包を縫合する群と縫合しない群の比較研究を行なった5件の研究が含まれ、合計639人の患者(被膜修復を行った270人[平均年齢35.4歳、女性患者41%]と非修復を行った369人[平均年齢37.3歳、女性患者38%])が対象となった。対象となった研究では、関節唇修復術と大腿骨形成術まからなる外科的処置が股関節鏡視下手術によって行われた。すランダム化比較試験の感度分析でも一貫した結果が得られた(PROMsの標準化平均差、0.31;95%CI、0.02~0.60)。関節包縫合修復は、再置換術の減少とは関連しなかったが(リス ク差、e0.02;95%CI、e0.06~0.03;関節包修復270 例中26例 vs 非修復369例中42例)、THAへの転換の減少とは関連した(リスク差、e0.05;95%CI、e0.09~e0.01;被膜修復270 例中12例 vs 非修復369例中38例)。非ランダム化研究の方法論的指標(MINORS)の平均スコアは20であった。 他の関節鏡視下股関節温存手技と併用して関節包修復術を受けた患者 は、PROMsが良好であり、THAへの転換率が低い他の関節鏡視下股関節温存手技と併用して被膜修復術を受けた患者 は、PROMsが良好であり、THAへの転院率が低い。エビデンスレベル レベルⅡ、 レベルIおよびIIの研究の系統的レビュー。
ガイドライン推奨文:股関節鏡視下手術術後の短中期的な臨床症状の改善のためには関節包を縫合する。エビデンスの強さ B(効果の推定値に中等度の確信がある) 推奨の強さ 2: 弱い(実施することを提案する)
2.6 関節唇修復後のリハビリテーション
股関節鏡視下関節唇修復後のリハビリテーションは、術後の回復を左右する重要な要素であり、リハビリ計画の策定が術後の成功に重要であると考えられてきた。 Kaplanらは股関節鏡を受けたFAIS患者において、術後の理学療法(PT)の期間が転帰にどのように影響するかを評価した。95名の患者を理学療法退院時期(0~3ヵ月、3~6ヵ月、6~12ヵ月)に基づいてグループ分けした。下肢機能尺度(LEFS)が最も改善したのは最初の13回で、27回までは効果が減少した。3~6ヵ月目に退院した患者は、HOS(Hip Outcome Scores)の上昇や満足度など、最良の結果を得た。退院時のLEFSスコアと患者報告アウトカム(PROs)には中程度の相関があり、5ヵ月を超えるとPTの追加効果はほとんどないことが示唆された。この研究の結果から、現在の診療保険システムで定められている 術後150日までというのはエビデンス的に妥当である。4653E3C2F456E644E6F74653E00 [7]
ユタ大学のAokiグループでは、コロナウィルス感染拡大下のなか、FAISに対する股関節鏡視下手術後の正式な理学療法(Formal PhysioTherapy: FPT)と在宅運動プログラム(HEP)の転帰を比較した。平均年齢32.6歳の患者コホートが、FPTまたはHEPのいずれかを自己選択した。術後12ヵ月の時点で、両群とも術前のスコアと比較して、疼痛、股関節機能、患者満足度を含むすべての転帰指標で有意な改善を示した(P < 0.001)。疼痛スコア、機能評価、満足度などのアウトカムでは、両群間に有意差は認められなかった。これらの結果から、構造化されたHEPは、自己主導型のリハビリを好む患者にとって、FPTに代わる有効な選択肢となりうることが示唆された。 [8]
ガイドライン推奨文:股関節鏡視下FAIS手術の術後短中期的な臨床症状の改善のためには理学療法を提案する。エビデンスの強さ C (効果の推定値に確信がある) 推奨の強さ 3: 弱い(実施することを提案するとはいえない)
2.7 術後スポーツ復帰について
最近のシステマティックレビューはいくつかあり、Davey らは130の研究が見つかり、その中には14,069人の患者(14,517の股関節)が含まれ、平均MQO(methodological quality of evidence)は40.4(範囲、5~67)であった。性別は女性が53.7%、平均年齢は30.4歳(15~47歳)、平均追跡期間は29.7ヶ月(6~75ヶ月)であった。合計81の研究でRTP率が報告され、平均6.6ヵ月間のRTP率は全体で85.4%であった。さらに、49の研究で受傷前レベルでのRTP率が72.6%と報告されている。具体的なRTP基準は97の研究(77.2%)で報告されており、合計45の研究(57.9%)が、股関節鏡手術後3~6ヵ月でのRTPを推奨していた。
[9]
さらにIfabiyiらは柔軟性スポーツに参加する患者におけるFAISに対する股関節鏡手術の結果の概要 合計8件のレベル3または4の研究、295人の患者(312の股関節)がこのレビューに含まれた。プールされたVisual Analog Scale for pain score、Modified Harris Hip Score、Hip Outcome Score - Activity of Daily Living scale、Hip Outcome Score - Sport-Specific Subscaleの標準化平均差はすべて、FAISに対して関節鏡手術を受けた後、12~116ヵ月の間に有意な改善を示した289人の患者全体で、75.6%~98%が術前と同等かそれ以上のレベルでスポーツに復帰した。このレビューでは、FAISを治療するために股関節鏡を施行した柔軟性のあるアスリートにおいて、患者報告による疼痛、機能、QOL、最低12ヵ月後のスポーツ復帰が改善する傾向が示された。
2.12 手術技術の標準化に向けた今後の課題
股関節鏡視下手術の標準化に向けた取り組みは進行中であり、技術的な統一と研修プログラムの拡充が今後の課題である。手術のプロトコルが標準化されると、どの術者が行っても同じレベルでの術後成績と患者満足度が高い 一貫性が確実にし、術後成績のばらつきを低減することができ、より予測可能な結果を達成することが可能となる。標準化するためには、 三つの方法が必要である。 1) ガイドラインを明らかにする。2) 先進的なテクノロジーを使用する、 3) 術者のトレーニングをする環境を整える。 1) ガイドラインは、患者選択、術式のステップ、術後のリハビリをより明確にすることである。2)アドバンステクノロジーとしては、 高精細度の関節鏡システムを用いる。3D画像システムを利用し、ナビゲーションによるCam変形に対するアプローチをより標準化することなどが挙げられる。さらにトレーニングでは、 シミュレーション訓練、キャダバートレーニング、さらに症例数の多い施設でのトレーニングが肝要である。
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文献
1. 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 日., 変形性股関節症診療ガイドライン 2024. 2024 ed, ed. 日. 日本整形外科学会. 2024: 南江堂.
2. Hoffer, A.J., et al., Hip Circumferential Labral Reconstruction Provides Similar Distractive Stability to Labral Repair After Cam Over-Resection in a Biomechanical Model. Arthroscopy, 2024.
3. Agricola, R., et al., Femoroacetabular impingement syndrome in middle-aged individuals is strongly associated with the development of hip osteoarthritis within 10-year follow-up: a prospective cohort study (CHECK). Br J Sports Med, 2024. 58(18): p. 1061-1067.
4. Anzillotti, G., et al., Conservative vs. Surgical Management for Femoro-Acetabular Impingement: A Systematic Review of Clinical Evidence. J Clin Med, 2022. 11(19).
5. Larson, C.M., et al., Arthroscopic Debridement Versus Refixation of the Acetabular Labrum Associated With Femoroacetabular Impingement: Updated Mean 7-Year Follow-up. Am J Sports Med, 2022: p. 3635465211067818.
6. Hurley, E.T., et al., Repair versus Debridement for Acetabular Labral Tears-A Systematic Review. Arthrosc Sports Med Rehabil, 2021. 3(5): p. e1569-e1576.
7. Kaplan, D.J., et al., Use and Effectiveness of Physical Therapy After Hip Arthroscopy for Femoroacetabular Impingement. Am J Sports Med, 2023. 51(8): p. 2141-2150.
8. Hobson, T.E., et al., Short-term Outcomes After Hip Arthroscopic Surgery in Patients Participating in Formal Physical Therapy Versus a Home Exercise Program: A Prospectively Enrolled Cohort Analysis. Am J Sports Med, 2024. 52(8): p. 2021-2028.
9. Davey, M.S., et al., Criteria for Return to Play After Hip Arthroscopy in the Treatment of Femoroacetabular Impingement: A Systematic Review. Am J Sports Med, 2022. 50(12): p. 3417-3424.